ポール・ラスター氏による「冬季グループ展 第1部」のクリティークセッション|2018/1/12

ポール・ラスター氏による「冬季グループ展 第1部」のクリティークセッション|2018/1/12

2018年1月12日(金)、ニューヨークを拠点に活動するライター、インデペンデント・キュレーター、編集者、アーティスト、講演者の肩書を持つポール・ラスター氏によるアート・クリティークのセッションがOnishi Project企画の『冬季グループ展第1部』に参加した作家を対象に大西ギャラリーで行われました。

今回は本プロジェクトの第一回目のセッションになり、ラスター氏は多様なカテゴリーの アート作品を集めた多文化のグループの数多くのアート作品を一点一点自身の解釈と評価により解説しました。Onishi Projectでは、新進アーティストの海外での作家活動のサポートを目的に、海外のアート業界のプロである批評家によるアート作品の批評会の場を提供します。

『冬季グループ展第1部』は日本、フランス、スペイン、インド、カナダから8名のアーティストが参加し、3Dホログラフィーでマンダラを描いた作品やアクリル画、油彩画、モノクロ写真、インスタレーションなど様々なメディアを用いた作品で構成されました。

ポール・ラスター氏によるそれぞれの作品、アーティストに対するクリティークを以下に記載します。

アーティスト:ブルーノ・レビー・トラッファート(フランス出身)

ラスター氏は、「これらの印象的な3Dホログラフィの作品が動いている状態と静止している状態を体験する為に、自らの目で実際に作品を見る事は大切な事であり、ブルーノのレンチキュターレンズを用いたコラージュ作品は魅力的で、見事な技術で作られている。動きのあるマンダラは象徴的な中身がぎっしり詰まっている。人間の願望を歴史的な比喩表現を用いて哲学的に表現している」と語る。それぞれの作品には、神と政治的なシンボルが記念碑の様に表現されていると同時に、願望やお金や愛といった世俗的な要素も含まれているとラスター氏は言う。

アーティスト:アンジェリーネ・ペイン(カナダ出身)

ラスター氏はアンジェリーネの作品は他の時代の様式を参考にしているようだと言う。彼女は、ペインティングのレイヤーをこすり落としながら、青色の後ろからの赤色が姿を出し、そして白色の筋を浮かび上がらせるといった様な手法で数多くの異なるレベルの抽象的なイメージを重ねる。ラスター氏は彼女の作品の中に特定の頭に残り忘れられないタイプの何かがあると感じ、 それは絵画の後ろにある一種の力を表していると言う。アンジェリーネの『シティ・ライト』という作品については、「もう少しで雨が降りそうな天気で霧のような状態の中で物を見る印象的な状況、例えば、極度の疲労状態においてタクシーの中から雨の街を見る様な感じ。暗くて音のない小道を見下ろしながら見ているものが通り過ぎて行く様な感覚」を受ける。物をぼかし、変容させる抽象的なフィルターを通して現実をどう見るかということの様に、この作品に関してラスター氏はある一定レベルの力とエネルギーを彼女の作品の中に感じる。彼は彼女のクラシックなペインティングのスタイルに加えて、サインの仕方にも気付き、繊細な感覚とアーティストとしての意識をそこに写したピカソのサインの仕方に似ていると言及した。また、額装が時代に合っていると言い、金色のフレームはアーティストの作品に対する誠実さを示していると語った。

アーティスト:小池 公博

「幻覚的であり超現実的である」と言う言葉が最初に発声された。現実のものであり、超現実的でもある被写体の風景は、夢やSF映画の中の感覚を思い出させる。その多くは、見る者がもう一つの現実の中で物を見定めようとする様な幻覚作用である。ラスター氏は小池が、エッチングやプリントを施した様に見せる効果を生み出したフォトショップ加工を評価する。小池は伝統的な日本の写真と21世紀の技術を組み合わせる技法に影響を受ける。『イリュージョンIII』と言う作品は、葉が落ちた樹の後ろにある富士山を生き生きと描いているようだと言う。これらのデジタル方式で加工された作品を壁一面を覆う様なサイズの大きな画面で鑑賞したいとラスター氏は言う。もしビニール素材にプリントした形で作品を作れば、ホテルのロビーや部屋にぴったりだと提案した。

アーティスト:村上 美穂

彼女の作品を見た時、最初に思った事は大量のりんごがある事である。ラスター氏は村上の作品をオブセッシブアートとしての草間彌生の作品に結びつける。またりんごは西洋で伝えられているアダムとイブのようにとても象徴的なものであり、りんごは私たちが誰でも識別できる形であると言う。村上はりんごの描写を完璧にマスターしていて作品の中に繰り返し描くが、その光と形の生み出し方はケニー・シャーフが数多くのドーナツを描く方法に似ている。村上は「りんご」は1995年の阪神淡路大震災を経験した時の彼女の心の象徴であると言う。ラスター氏は村上のりんごをとてもポジティブなイメージとして見ている。強いトラウマからでも喜びが生まれる。そしてその作品は治療方法の様である。作品の一つ『ソング・オブ・プレイズ』は、一見隠されている抽象と幻想の世界を用いて現実的な何かを創り出している。ラスター氏は、近所の人たちに「アップル・レディ」として知られているであろう村上を楽しんで想像する。

アーティスト:シェータル・ショー(インド出身)

このグループ展で、この作家は自身の彫刻作品と並べてペインティングの作品を展示することを選んだ。ラスター氏はそれら2つの媒体の形の中にある関係性にすぐに気付いた。両方とも水の流れをモチーフにした作品となり似ているが、形は異なる。もしコレクターが彼女の彫刻作品とペインティングを同じ作家のものとは知らずにグループ展で見たとしよう。彫刻作品を買いたいと思い、その彫刻作品と良くマッチするペインティングも買いたいと思うかもしれない。ラスター氏はペインティングと彫刻作品には、同じ形ではないが、似たような形を繰り返しているという点で関係性があると言う。そのリピートする形がペインティングの中に現れた時、作品から幻想的な要素が生まれる。キャンバスの周りにもペイントするという彼女の手法は3Dオブジェクトのように見せる効果があり、それは彫刻作品と関連付ける効果を持つ。この作家は面白い方法でペインティングを客観視する。繰り返される動き中で、視点が前方・後方、内側・外側と移動し、「押す・引く」といった力を生み出す。ラスター氏はシェータルの彫刻作品を街の中やビルのロビーなど屋外の空間でより大きいスケールで見たいと言う。「彼女は作品制作においてユニークで優れたアイデアを持っている」とラスター氏は語る 。

アーティスト:堀井 孝

堀井は日本の伝統的な素材である和紙と墨を使い作品を制作する。堀井の作品には特定な表情があり、それは繊細でもあるとラスター氏は感銘を受ける。それらは丁度飛行機の窓から見る風景の地形の様に、見るものの前に姿をさらけ出すが、私たちはそれを穏やかな感覚で眺めることが出来る。和紙と墨の組み合わせの堀井の作品は多様な表現をする。しわくちゃに加工した和紙を空間に浮かせる状態でレリーフの様に展示する方法は、人生のがらくたと向き合っている様な、作品に「反抗心」の様な感覚を与える。例えば、道に倒れこんだ人の前を何も気を留めず人々が通り過ぎる、、、誰かがその人に気付いて立ち止まったその瞬間から、その人に命が与えられる、、、という様な感覚を覚える。
堀井の作品を長い時間鑑賞してみよう。そうすると作品を見て想像する色々な事が現実味を持ち、抽象的な世界の中に見るものが作った現実が形を作り始める。自身を自由に放ち、想うままに事を起こす。予期せぬ出来事は喜びに満ちているが、同時にコントロールされる堀井の制作工程にラスター氏は共感を抱く。

アーティスト:竹下 智也

竹下のモノクロ写真はモデルの動きを効果的に捉える。モデルの纏うファブリックの折り目や作り出される影はドラマティックな効果を生み出す。その影と光の生み出すイメージは何か超現実的なものを創造する。『イントゥ・ザ・シェル』という作品は、ダンスの側面を伝えているが、同時にヌードも見え隠れする。そこにはあるレベルの魅惑が存在している。しかし、その魅惑は曲線美によるものではなく、イタリアで見る彫刻のように、モデルが纏う布の動きなどで魅力を表現している。ラスター氏は、伝統的な日本の写真においても力強いモノクロ作品が昔から存在してきたと話す。1970年代の写真家、ウルフガング・ティルマンスやシンディ・シャーマンのスタイルに見られる様に、竹下の作品はとてもドラマ的で詩的な要素を持つ。「多くの写真家は近年では詞や著述を作品に付けないが、竹下の作品に付けられた詩はダンサーの動きや踊りから生まれる感情、パフォーマンスとの関係性、そして物語を作る多様なイメージを表現している。」とラスター氏は語る。

アーティスト:タティアナ・リベロ・サンツ(スペイン出身)

タティアナは、彼女の周りにある自然の中からインスピレーションを受けインスタレーションの作品を制作する。この作品は大きな菜園に群れる白い蝶々を表現しているとタティアナは語る。ラスター氏は、このインスタレーション作品は中に誰でも入れる洞窟や教会の様な安全な空間を作り出していると言う。その空間は人を引き寄せる力を持つ。この作品の形は絵画的な要素を持ち、霧の中にいるような気分にさせられる。また、昔の西洋の女性がベールを被っていた様な、ドラマティックで他から距離を持った、しかし願望を表している様な感覚を受ける。その作品を始めて見た時、例え作品のストーリーを知らなくても作品を理解することが出来ると言い、ラスター氏は冗談っぽく彼女の作品は「素敵なベジタブル・パテ」だと表現した。

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